私が20代前半の頃。
海外で留学中、寮は窮屈だと言う事で、日本人の女子同士で2LDKを借りた。

川から1分ほどにあるマンションで、キッチンとダイニングを挟んで
私は奥の川側の部屋にいた。
寮を出たものの、貧乏学生で私は痩せこけ、
熱が出るたびに死ぬんじゃないかと思っていたほどだ。

ある晩、夜中にフッと体が宙に浮いた。とても体が軽い。
床に爪先を着くと、体はふわっと宙に上がった。
始めは要領が分からず、平泳ぎの要領で天井まで上がっていった。
そのうち、自分の気分のままに自由自在に移動できる事が分かった。
マンションの外へ出て、しばらくすると側にあった川の上だろうか、
川に沿って鳥の様に飛んだ。
進行方向からの向かい風を受け、
とても気持ち良く川沿いを飛んでいた。
三途の川なのかは分からないが、
川の向こうの様子を見る気にもならないほど快適な飛行だった。
風の感触は本物だった。





春先だったのでエアコンも使っておらず、扇風機も使っていない。
髪がバサバサとはためくほどの風を受けていたのは今でも思い出せる。
心地よい空の散歩を終えた私は、自分のマンションへ戻った。
天井あたりからベッドの方へ、水を潜る感覚で降りて行き、
自分の体の臍のあたりからズボっと潜るように自分の体に戻った。
その瞬間、自分が自由だった時間の感覚を思い出した。

浮遊している間、私は全ての物から解き放たれた。
体の重みも無く、痛みも無く、不快感も無く、感触も感覚も無く、
精神面での痛みも無く、しこりも無く、苦しみも悲しみも憎しみも無い、極楽の世界。
何にも無い恍惚感。それが「死」と言うことなのかと、妙に納得して怖くなった。
自分の姿は見る事が出来なかったが、色々な人にこの事を話しているうちに、

「魂はヘソで肉体と繋がっていて、そのひも状のものが切れると、自分の肉体が見える。
 でも、切れてしまったと言う事は、あなたは死んだと言うことなのよ。」

と、教えてくれた人がいた。
自分の姿が見えなくて良かったと、安心した。


日本に帰国してからも夜の高層ビルの天辺まで上がって夜景を眺めたり、
自由自在に飛び回り楽しんだ。
ある日、居酒屋なのかレストランなのかは分からないが、
人が多く居る場所へ行った。
他の人間は私の存在に気付いていないようだが、何か居心地が悪い。
何故、違和感があるのか考えてみると、私は衣服を着用していないのだ。
飛んでいる間に体そのものが存在してるのか、
あるいは自分がキャスパーのような姿をしているのか
鏡を見ることもしなかったので確認できなかったが、
落ち着かないのでその後人前に出る事は無くなった。 



【引用元:死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?part250】