兄が数年前、高速道路でバイク事故を起こした時の話。

両足切断か死ぬかのどちらかと宣告を受けたにも関わらず
どうにか両足とも生足で残り、しかも死なずに済んだのですが
受けた事故の衝撃で「自制」と「痛み」の神経が離れて
わかりやすく言うと、痛みを感じない暴力団風1歳児な感じでしょうか。
訳のわからない事を言っては看護婦を殴るは
ぐちゃぐちゃの足で隙をみて歩こうとする。
家族で夜通し介護をすると病院に約束したため
拘束されずに済んだ兄だったがこっちはとても辛い毎日を送ることになった。
ある夜、歩かないように監視するため病院に泊まっていた時のこと。
個室の椅子で疲れから知らない内に寝てしまっていました。

ギィ    

ベッドの音でハッっと目がさめ見ると
暗い病室の真中でベッドの両脇の冊に掴まり
両足膝下を左右くの字に曲げて立ち上がろうとしている兄がいた。
すぐさま取り押えてベッドに押付けようとしたが
一点を見つめフーフー言いながら動こうとしない。
ナースコールもすでに兄によって隠され、探している余裕はなかった。

とりあえずへたに動かすのもまずいと思い、話をして落ち着かせようとした。
「どうしたの?何かあったら言ってよ」そう言うと
「ボールとれなかったから…」と、いつもの寝言が始まった。
医者の話しだと常に寝起きの頭の状態らしく、
よくこんな事を言っていたから何も不思議じゃなかった。
ただこの時を除いて。

「ボールなんてないでしょ?!どこにあるの?!」そう聞くと
「そこにあるだろ はやくとれよ」鳥肌がたった。
兄の目線を追うと床に緑色の小さいゴムボールが本当に転がっている。
「とれよ」そう言われたけど、とても取れる状態じゃなかった。

兄を押さえている為じゃなく、そのボールの奥に人の手と足が見えたから。
手と足先が同じ位置にあるわけないのですが何故かそう見えたんです。

とても振り返る事が出来なかった。
と言うか体全体がひきつけを起こしたように震えていたせいもあった。

ふと兄を見ると目線がゆっくり移動している。
すでにボールの高さじゃない位置を左右にゆっくり目で追っている。
「あ…」と何かを言おうとした兄に「だいじょうぶ だいじょうぶだから」。
そのときはとにかく何も聞きたくなかった。
そして徐々に何かが近付いてくる気配を背中に感じながら
何かが見えないように反射的に目をパチパチしながら
震えた手でコールを必死に探しベッドの下に隠してあったコールを見つけ
看護婦を呼び兄を寝かせた。
「だいぶ疲れてますね、どうぞ休んで下さい。」と言う看護婦に
違う意味で悪いと思いながらも兄を頼み病室を足早に退出しました。

その後は何も起らなかったけど(たぶん)
こんな状態の人がぼけて語る話は全部が全部夢物語りじゃなくて
何か理由があって語っている時もある事を実感しました。
怖いと言うか不思議な感じが残った体験でした。 


【引用元:死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?part75】